鳶頭のお祭り佐七
本堂写真

久留米の藩士であった飯島佐七郎は、あまりにいい男だったので女達が騒ぎ、そのねたみから城を追い出され、親からも勘当される。江戸の火消でめ組の鳶頭(かしら)、清五郎を父が世話をしていた縁から、ここの居候となり、火消になろうとする。この佐七郎が木遣りがうまく、男前でもあったので、祭となると方々から声が掛かる。どこの祭でも彼の姿が見えたことから「お祭佐七」と呼ばれるようになった。